飲み会

ぼくは酒がとても弱い。

どれくらい弱いかというと、ビールであればグラス半分も飲めば顔が赤くなってしまうほどだ。
だいたいそれが許容量であり、それを超えると眠くなってしまう。
そこで10分でも寝られれば回復するのだが、それが叶わないとなると気持ち悪くなってしまうのだ。
もちろん大抵の飲み会は参加者の就寝をよしとしないので、なかなか開かない飲み屋のトイレの前で死にそうな思いをすることになる。
そんなわけで、飲み会は嫌いだ。

それは大学一年の時の数回で学習して、最初の一杯は付き合う。それからはコーラばかり頼むのである。
ちなみに、一浪した上に誕生日が4月なので初めての飲み会は20歳である。
お酒はおいしいと思うが、ぼくにとっては楽しいものではない。すぐに酔うので苦痛である。だから、わざわざ苦しい思いをする必要もないので飲み会ではコーラを延々と頼むのである。
そんな中でありがたいのが、それで許されるコミュニティにしか今のところ所属していないということである。これには各位に感謝している。

酒が入らないと腹を割って話せない、テンションがあがらない、だからお前も飲まなければいけないという人をたまに見かける。
普段よほど押さえ込まれるものがあるのだろうなぁと同情するが、下戸は酒が入らなくてもテンションをあげられるし、信用できる人であれば腹を割って話すので、大きなお世話という感じである。
だから、ジンジャーエールの入ったグラスを後生大事そうに持っていろんなテーブルを回るのである。(過ごしやすいテーブルを探すのである。)

飲み会は、嫌いである。

それでも、仲の良い数人と飲むなんてことはとてもよい。落ち着いた雰囲気で酒を飲むというのは格別である。ぼくはコーラだが。

飲み屋といえば先日、もつ鍋を食べに行ったときの話をしよう。
渋谷に安くてうまいもつ鍋屋があると聞き、喜んで行ってみたらそこは立ち飲み屋であった。
実際には背の高いイスがあり、立ち飲みではなかった。店内はとても狭く、誰かが外へ出る時などは座る位置を調整しないと通れないほどだった。
そして、マスターはオカマだった。

飲み屋に来て飲まないのも変だと思い、生を注文した。小さいのはあるかと聞いたら、そんなものはないと言われた。
中ジョッキは明らかに許容量を超過しており、飲みきれるものではない。すこし泣きそうになったが、連れの人に助けてもらいなんとか乗り切った。
ぼくはこういう場合他の人に助けてもらうということが非常に多く、それだけ優しい人が周りにいるので非常に恵まれている。
とても申し訳なく思うし、気を遣わせて悪いと思う。
この前なんかは、バイト先かつ内定先の懇親会でワインを飲まされて、やはり飲めなかったので困っていたら上司に助けてもらったなんていうこともあった。

話を戻そう。
その立ち飲み屋は40代から60代ほどの客で占められており、常連でもそうでなくても店中で会話が繰り広げられていた。
その光景はぼくにとってとても新鮮だった。両親ほどの年齢の男女が皆酒を飲み、今日初めて会ったような人とよくわからない会話を楽しそうにしていた。
ほとんど聞いているだけだったぼくも、実際楽しかった。
そしてよくわからないながらも、いくつか会話をした。

そこには、新しい世界が広がっていた。
誰とでも話すことのできる雰囲気は(少なくとも下戸ではない)酒飲みにしか味わえない世界であるとも思った。
ぼくには、外で酒を飲むことが楽しいと感じられた場所だった。酒は楽しい。

しかし生中を半分も飲めずに酔ってしまうひとにとっては、ちょっと行きづらいよなぁ、とも思った。
なかなか難しい世の中である。
ちなみにもつ鍋はとてもおいしく、満腹になった。

最後に、写真の液体はもちろんビールではない。
ただのジンジャーエールである。麦茶でもない。


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